ベルの冒険(どこかで聞いたようなタイトルだなあ・・)
― 子犬と歩く東海自然歩道 ―
記: あつた労山 ツツイ

主な記録
日時:2001年9月8日(土)  天気:残暑晴れ
山名:高根山(253m)、山星山(328m)  山域:尾張
メンバー:筒井(L)、ベル(雌犬)
タイム:自宅(8:30)〜定光寺(8:45)〜丸山園地(9:30)〜労働者研修センター〜山星山(11:30)〜宮刈峠〜(12:00)〜稚児橋手前(13:30)引き返す〜宮刈峠(14:30)〜正伝池(15:00)〜自宅(16:00)


シュリンゲで切れた首輪の応急処置

 玄関のドアを開ける。
 さっと首をもたげ、視線が合うやいなやジャンプ! ジャンプ!を繰り返す飼犬のベル(雑種の雌犬、生後10ヶ月)。うれしい気持ちを全身で表し、飛び跳ねながらその身体をぶつけてくる。
「キューン!」(やったー! 散歩だ、散歩だぁー!)
「クィーン!」(父ちゃんと一緒だぁー!) 注:( )内は訳、ただし推測。

 ベルのジャンプは激しい。
子犬のクセに筋力は強く、大人の胸から顎にかけてその頭をぶつけてくるのだ。我が家族は大抵この頭突きの洗礼を受けている。頭突きならばいいのだが、時に笑いながら(そう見えるのだ)犬歯をぶつけてくるからたまらない。女房はこれで顎に見事なアッパーカットをもらい、大きな痣をこしらえていた。

 犬の引き綱の末端とリュックサックのウエストベルトをカラビナでつなげて出発だ。ベルの興奮いよいよ高まり、ジャンプだけでなく前後左右に走り回る。真直ぐ歩いてもその度に引き綱にテンションがかかり踏ん張らねばならない。おかげでフィジカルコンタクトには強くなりそうだ。これ、サッカー日本代表のトルシエ監督に進言してみようか。いいトレーニングになるはずだ。

 自宅から歩いて15分程で定光寺駅。ここから東海自然歩道に入る。(・・とあっさり書いてしまったが、自宅から徒歩15分で東海自然歩道っちゅうのは何ちゅう田舎や!)
 昨日の雨のせいでたっぷり水分を含んだ落ち葉が積もっている。ふわっと腐葉土の匂いが鼻腔に入り込む。悪くない。今日はキノコがたくさん見られるだろう。ベルも盛んに鼻を鳴らしている。  


まずは一服、一服・・・

 犬と山に登るのはロープで結ばれたアルパインクライマーのようでおもしろい。ロープの代わりに引き綱で結ばれたコンテニアス(同時登攀)。一般的にコンテニアスは技量に長けたクライマー同士の登攀方法である。一方が落ちれば確実に相方を引き込むからだ。だから多分に神経を使う。しかし我が相棒(ベル)はパーティリーダー(私)のことなど眼中にないようで、前後左右に動き回り思いっきり引き綱にテンションをかけている。これでは信頼関係は築けない。
(おいベル、いいかげん・・)と言おうと思ったら
「ブチッ!」
と音がして体が軽くなった。

 ハプニングとはえてしてそうなのだが、咄嗟の対応ができないばかりか関係のない他の事を考えてしまう。(反応が鈍くなっただけかもしれないが・・) この時も瞬時に考えたことは
(綱が切れるときは本当に文字のごとく「ブチッ!」という音がするんだなあ)ということだった。
我に返り引き綱を手繰り寄せても切れた様子はない。どうも切れたのは首輪のようだ。おもしろいのは、あれほどはしゃぎまわっていたベルがうなだれて近づいてきたことだ。
(なんか悪いことしちゃたかなあ)
ってな顔でこちらの様子をうかがっている。
「お前なぁ、岩稜帯だったらアウトだぞ」
 切れた首輪を拾ってみるが見事に引きちぎられており修繕不能。あらためてベルの牽引力の強さにあきれる。しょうがないのでシュリンゲを一本解き、首輪の代用を作り応急処置。なるほどシュリンゲとカラビナはどんな山行でも必携だ。

   
 アカヤマドリ(食用)だと思う、たぶん           テングタケ(毒)だと思う、きっと

 丸山園地から労働者研修センターへ。
 このあたりの自然歩道は道幅が広く犬連れの身には歩きやすい。樹木も高く開放的だ。道端に黄褐色の傘を持った大きなキノコを発見。昨日の雨を吸い込んで直径20センチくらいになっている。ベルの鼻面をキノコに向けさせてみるがそっぽを向いてしまった。犬の嗅覚は人間の数百万倍という。犯罪捜査や人命救助などに使われるその能力をマツタケ探しに応用できないか、と姑息なことを考えたがこの犬には無理のようだ。

 少しおとなしかったベルが研修センターの広場で再びダッシュ!
トカゲを見つけたのだ。すばやいトカゲの動きに追いつこうと必死に飛びつく。トカゲも瞬時に方向転換する。見失ったのか、あたりをキョロキョロするベル。
「ベル! そこだ! 目の前じゃないか!」
と加勢する私。しかしベルは気づかない。目の前30センチくらいのところにいるのに、である。再びトカゲが動き出すと動きをキャッチして飛びかかる。止まると見失う。その繰り返し・・・。
 普通、犬の能力のうち弱いとされるのが視力。色盲だともいわれており近くの物の区別がつきにくいらしい。ベルも同様で、キノコなど動かないものにはあまり興味を示さないが、動くものには敏感に反応する。そう、「物を見る」というより「反応する」あるいは「察知する」のだ。


 トカゲをもてあそぶベル

 犬を飼っておられる方ならばある程度理解できると思うが、この「反応する」「察知する」能力は不思議だ。時に飼い主の心が読めるかのようなふるまいをする。ベルもこちらが腹を立てているときはなぜか興奮し、ボケーッとしながらなでてやる時は穏やかな表情をする。散歩のための準備をはじめると外で「クィーン」となき出すし、叱るために外に出ると尻尾を丸めて小屋の後ろに隠れている。
 「犬には超能力があるのではないか」とはよく言われることである。しかし五感を越えた感覚機能を持っているかのように見えるのは、嗅覚・聴力・視力(ただし視野において)の度合いが桁はずれに大きいため、そう思えるのではないか・・・とこれは素人のいわゆる第六感。

 なんにしても犬を連れての山歩きは楽しい。犬を通して見えてくるものがあるからだ。今回ロープ(首輪)が切れるというハプニングがあったが、これからもこの犬とはパーティを組むつもりだ。

 苦闘の末なんとかトカゲをつかまえたベルは、咥えて振り回したり前足で転がしたりと徐々になぶり殺しにしていく。やがて尻尾が切れ、胴体がちぎれ白い腹を見せてグッタリするトカゲの残骸。(うひゃあー)
「がんばれ、がんばれ」
と加勢した手前、こういう場合誉めるべきなんだろうか。遺伝子に刷り込まれた狩猟本能をいくばくか満足させたベルは、舌をダラリと出して
「ハァー、ハァー」(父ちゃん、次に行こう)
と尻尾を振るのでした。 注:( )内は訳、再び推測。


  「クン、クン」(父ちゃん、ハラへった)