鳳来寺四谷千枚田の活動 |
富田(征) |
■四谷千枚田 昔むかしの物語。鳳来の地で米作りが始まりました。山林が9割以上を占めるこの地では、平地が限られています。そこで人々は、重労働に耐えながら手作業で急峻な山肌を開墾し、とうとう階段状の見事な田を作り上げました。 それが棚田です。長い時を経て今、その魅力と果たすべき役割りが見直されています。ここは、古きよき日本の原風景に会える場所・・・・。 ■千枚田の歩みと特徴 四谷千枚田は、鳳来町の北端に位置し、鞍掛山麓近くに広がっています。 その起源は古く、詳しい資料はありませんが、しかし江戸時代頃には、千枚田としての形態が整っていたと推測されます。 明治47年には、土石流により荒地と化したこともありました。しかし力を合わせて復興に尽力し、見事な千枚田をよみがえらせたのです。 四谷千枚田の魅力は、愛情を込めて米が作られていること。稲穂を「はざ」に掛けて自然乾燥させるといった手作業の部分が多く、稲作に携わる人の思いが凝縮されているのです。 また田を潤している山の湧き水は、昔から大雨が降っても濁らず、水温も安定している等、恵まれた条件を兼ね備えていると言われていました。そんな水で作った米は重宝され、酒米として使用されたこともあったのです。 ■大切に守りたい宝物 山間の斜面に階段状に並び、四季折々の表情を見せてくれる棚田は、とても美しいもの。しかし、これを維持していくためには、大きな労働負担が必要になります。 棚田の耕作道は細く、田の面積が小さいため、自由に運搬車や機械が使えないのです。そのため、稲を担いで急な斜面を上がり下りしたり、手植えをするなど、重い労働が強いられてきました。それに追い打ちをかけるように、高齢化も進んでいます。 そくで、1997年、農家の有志が集まって「鞍掛山麓千枚田保存会」が発足しました。保存活動を通じて、労働力を確保しながら生産性に寄与していけるよう、知恵をだしていく活動です。 耕運機の走行が可能な耕作道の整備の着手。景観を損ねることなく、担い手の負担を軽減できるよう、町民と行政が一体となって取り組んでいます。 ■「あつた」と千枚田との拘わり 千枚田は1290枚あります。その内休耕田が、何と800枚近くあるそうです。このままでは千枚田の将来が見えています。 「保存会」は動き、我々の鳳来寺の活動母体に千枚田の耕作依頼がきました。 鳳来寺との縁が深くなってきた「あつた」も当然協力要請がきました。 受けて立つことにしました。自然環境保護のためにも大切な活動と認識したからです。子供等のために残してあげたいからです。 「小作人組合」ができ、今、登録したのはKさん、Iさん、そして私です。 ■活動開始1月12日 耕作をする場所も決まり、1月12日鍬入れ式を迎えました。 取りあえず、6畝(180坪)の田起しです。15名近く集まりました。 休耕田は田を甦らせるため、田植えまでに3〜4回田起こしをしなければなりません。酸素を入れて土地を甦えさせるのです。 耕運機はありません。皆「びっちゅう鍬」を新規購入しての田起こしです。 使命感と楽しみでやりますから、作業は早いものです。 これからの活動が楽しみです。 ■千枚田のその時 当日は春まぢか。大変暖かな日でした。 俳句の世界は2月から春になります。もう春になった気持ちでついつい口をついて詠んでいました。 田の側の沢に手をいれます。もう冬の冷たさではありません。 温かさを感じます。 ・ 沢水の触れる手指に寒の明け ・ 沢水に春の音聞く棚田道 ・ 奥三河芽吹きを誘ふ沢の音 鳶が気持ちよさそうに天高く一羽飛んでいます。 ・ 鳶が舞ふ棚田の中や春田打 ・ 大空の鳶も見下ろす田打かな (田打ち、田起こす)は春の季語です。 ・ 田起しを励舞う如く鳶一羽 千枚田の休耕田には、田んぼ変じて梅林がいたるところにあります。 匂いを感じます。雲雀の声も聞こえます。双眼鏡で囀りの軌跡をたどっている人がいます。鶯の初鳴きを聞いた気がしました。 ・ 梅の香の流るる沢の千枚田 ・ 梅が香を含む風吹く千枚田 ・ 千枚田ところどころに梅の花 ・ 山を背に廃校跡や初雲雀 ・ 囀りや杉の木立に双眼鏡 ・ 谷川の名水飲むや笹子鳴く (笹子は冬の鶯のことです) 田起しにも力が入ります。快調に作業は進みます。 ・ 今年より棚田の小作春田打 ・ 新しきびっちゅうで打つ春田かな ・ 十人の仲間と共に春田打 ・ 奥三河四谷部落の春田打 ・ 長閑(のどか)さや草伸び始む千枚田 (長閑は春の季語です) 田植えは5月中旬頃になるでしょう。 |
以上 |