乗り鉄本線日本旅・東海道線を行く 石垣山〜小田原城

日程 2026年1月31日(土)
山域 石垣山城(一夜城)〜小田原城(小田原市)
メンバー TN(記)、NS

寒波吹きすさぶ折り、皆様如何お過ごしでしょうか。あまりの寒さに中部地方を脱出して湘南に行けば、なんとなく暖かいのではと期待して、今回はJR東海道線を乗り継いで小田原市の山に来ております。

くれぐれも言っておきたいのですが、TNは決して「乗り鉄」ではありません。しかし、出張、通勤や山行などで電車を利用する機会は極めて多いです。何故ならば爆睡出来るから。今回の山行では、始めて小田原駅で下車しました。今まで東京、横浜などの出張時に小田原駅は通過するだけの存在でしたが、いざ下車してみた感想は、関東に来たな、と思いましたね。歩いている人種が違うと感じます。

東海道線乗り継ぎチャレンジの大半は例によって爆睡しておりましたが、電車が富士川を越える辺りで進行方向山側に富士山がドドーンと見えて目が覚めました。熱海駅では「駅メロ」が流れて、関東に来たんだなあと実感しました。JR東海は新幹線で稼げばよいので、駅メロなど在来線に余分な費用を掛ける気は無いのだと思います。少しはJR東日本を見習って貰いたいものです。

電車が富士川を越える辺りで進行方向山側に富士山がドドーンと見えます。東田子から見た富士山は、富士宮登山道のジグザグラインが良く見えます。

小田原駅〜入生田駅

石垣山城(一夜城)

入生田駅で降りて、線路を潜れば、そこは箱根駅伝5区の中継所から程近い所で、ここから5区山登りのランナー達が箱根に向かって走って行ったのだと思うと感慨ひとしおで御座います。ただ、登山者は少なくて、石垣山までの間に出会った人は2人。それも、格好からして山城マニアとお見受けしました。それもその筈で、石垣山山頂直下には大駐車場があり、観光客でごった返していました。ここでは、歩いて登る人は少数派です。

登っていくと、振り返れば箱根の山々が見えます。特徴ある駒ヶ岳デビルスタワーがおいでおいでをしています。ああ、箱根、良いなあ。今度は箱根に行こうかな。
登っていくと、丹沢の山々が、おいでおいでをしています。良いなあ丹沢。次は丹沢に登ってみよう!
石垣山城の案内板。豊臣秀吉の築いた「一夜城」です。
石垣山南曲輪の破却された石垣を見やるNS師匠。
本丸の石垣。わざわざ穴太衆を滋賀から呼んできて、総石垣の城を造らせるなんて、なんて手間も費用も掛かることをやるんだ秀吉は。しかも、小田原城の脅しのためだけに、城を一つ造ってしまうなんて、凄いな秀吉。
見張台から小田原城と小田原市街を探索せんとするNS師匠。小田原城を見下ろす山の上に総石垣の城を築いておいて、包囲するだけで攻撃するわけでも無く、山の上で連日飲めや唄えの大騒ぎをやられては、小田原城籠城組も嫌になる奴が出るのは当然。いかにも秀吉らしい城攻めです。
長閑です。暖かい。さすが湘南。よし!今度は鎌倉アルプスに登ろう!
小田原城や小田原市街の彼方に横浜あたりの高層ビル群を望む事が出来ました。シン・ゴジラの上陸地点から首都侵攻ルートが良く見えます。
本丸から大山が見えます。いつかは登ってみたいものです。ヤバいぜ関東、登りたい山ばかりだ。

「豊臣兄弟」先取り山行と言ってはみたものの、主人公の豊臣秀長は、天正18年(1590 年)の小田原城征伐には病が悪化して参加出来ず、翌天正19年(1591)2月には死んでしまうので、主人公が死んだ時点で豊臣家は全盛期、さあ、どうする「豊臣兄弟」。まさか、主人公死亡の後に、主人公不在のまま延々と秀吉死去、関ヶ原、大阪夏の陣、豊臣家滅亡まで見させられるんだろうか?どうする「豊臣兄弟」!?

一夜城鎧塚ファームと川島なお美

小田原漁港

小田原城

折しも、JR東海は、「名古屋―豊橋、往復切符」などの「お得な切符」を廃止するプレスリリースがありました。JR東海は、東海道新幹線が大事で、在来線はどうでもよい方針と見ました。これからは、名古屋―豊橋間は名鉄一択です。

今回は、豊橋駅の有人切符売り場で、前日に休日乗り放題切符(豊橋―熱海間はフリー乗降区間)」+「熱海―小田原間の往復切符」を買って臨みました。この「休日乗り放題切符」も、いつ廃止になるか分からないので、今のうちに使い方倒したいと考えております。そしたら何と、豊橋駅有人切符売り場が2/2で廃止になり、今後はサポート付き券売機で切符を買えですと。愕然としています。これからは券売機で切符を買わないかんのか、と、年寄りにとっては逆風のご時世になってきました。